今日は「1.17」、21年前に阪神淡路大震災が起こった日です。

今日は「1.17」、21年前に阪神淡路大震災が起こった日です。

当時、私は大阪に住んでいて、地震発生の5時46分には、起きてはいましたが布団の中にいました。

最初に凄い縦揺れがあり、家の中のものがジャンプするように小刻みに揺れ、少しすると横揺れが始まり、空間が歪む様な感じがし、気分が悪くなるように感じました。

私は最初、地震による揺れとは気付かずに、とうとう私の家に幽霊が来て、ポルターガイスト現象が起きたのかと思ったくらいです。

関東の方は地震に慣れている人が多いと思いますが、関西には地震が殆どなく、揺れに対しての免疫がなく、慣れている人は少ないと思います。


少しして地震だと分かったので火の元の安全を確認し、逃げるルートを確認し、その後、近所の両親の所に電話連絡を入れて無事を確認しました。

家の外に出て、回りを確認しましたが、異変は起こっていなかったので、家に戻りテレビをつけてニュースを見てみましたが、地震に関する情報は流れていませんでした。

それが、時間を追うごとに悲惨な状況が次々と分かってきて、震源地は大阪ではなく兵庫県の神戸の方であるという事が伝わってきました。


私が衝撃を受けたのは、阪神高速道路が倒壊している映像を見たときです。

阪神淡路大震災の数年前、アメリカのロサンゼルスで大地震があり、高速道路が倒壊するということがあったのですが、そのニュースを伝える際、日本の高速道路は倒壊しないと言っている人がいました。

私はその言葉を聞いたとき、日本の高速道路は堅牢に作られていると思い込んでいたので、その高速道路が倒壊している映像を見て衝撃を受けたのです。


自然の力というものは人間の想像を遥かに超えていて、人間が作ったものは自然の脅威の前では儚い物だという風に感じたものです。

そして、この思いは5年前の「3.11」東北沖の大地震、東日本大震災での福島の原発事故でも、思い知らされることになりました。

専門家や政府は、原子力発電所はどんな地震が起こっても大丈夫だと言っていましたが、現実は大きな被害が出て、5年が経った今でも人が住めない地域が多く存在しています。


話を阪神淡路大地震のことに戻しますが、幸いなことに、私の知り合いには命を落とした人はいませんでしたが、怪我をした人、家が半壊した人、全壊した人と多くの被害を受けた人がいました。

神戸の長田区にライフラインが復旧するまでの、飲料水や簡易コンロ、燃料ボンベなどを担いで運んだりしたこともありました。

長田区は火事が酷く、友人の道を挟んだ隣の家までは燃えてしまいましたが、友人の家は辛うじて延焼を免れました。

その友人宅に物資を持っていった時の、回りに充満している焦臭い臭いは忘れられませんね。


報道によると、阪神淡路大震災の追悼行事が減少しているそうです。

昨年が20年の節目ということで、今年は行わないというところがあるのでしょうかね。

追悼行事の減少が震災の記憶の減少とならないことを祈ります。

合掌。

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